もうつあるとの部屋
人間は自分を知ることが出来ません。自分を完全に修めることもできません。しかし心を知るような普段の努力は出来ます。そのことで初めて、人間は自分を開示できます。幸福の波が、僥倖が到来するのです。万人よ、真を知れ。
池波正太郎のすすめ
今日の言葉
I Love People
こんにちは、星野ジャパンも決勝進出、阪神タイガースも打線の爆発で不甲斐ない連敗を3で止めました。いずれも私が応援する範囲なので、心からうれしく思います。これからも双方の吉報を鶴首して待っています。
さて、最近、すずしくなってまいりましたが、
今日は戦国時代の話でもしましょうかね。
いうまでもなく鎌倉時代の終わりは、駿河、遠江、三河辺りに勢力振るわせていた今川義元を破り(桶狭間の戦い)威光と名声を手に入れ多くの地方を政略していった織田信長によって、一度は擁立された室町幕府第十五代将軍足利義昭が不和の為に1573年、京都から追い出されることによってでした。
そのこと一つからでも多くの学説と小説、映画、選評があることは、織田信長の知名度からでも窺えます。天下統一を果たした信長には徳川軍の力が必要であったことも、歴史上の事実です。
そのことについては歴史小説家の権威、池波正太郎さんの「炎の武士」によく描かれています。私は歴史小説や推理小説、恋愛小説はもともと殆ど読まない性質で(というのもどこか陳腐、偏見かも知れぬが)あるのですが、池波正太郎さん司馬遼太郎さん、井上靖さんの小説は好んで読みます。池波さんの小説で特筆すべき事は、作家が陥りがちな衒学的にならないで、読者が読みやすいような工夫が随所に施されている点でしょう。例えば常用外漢字にはルビが振ってありますし、三島由紀夫、島倉藤村以外もそうですが、非常に難解な単語を極力控えているように思われます。
また、登場人物が非常に型にはまらず、人間らしさを持っています。
例えば、江戸末期に樺太の測量に力を注いだ間宮林蔵を描いた「北海の猟人」では、ここまで賢い人間だったのかと思うと同時に、どこか人間らしい嫉妬が間宮の台詞から読み取れます。小説は人間を描く物、人間の本質を描く手段が小説なのです。そのため理想の人間像を提示するような、もしくは現実の人間の恥部をやや歪曲して美化するようなルネサンス風の小説は、私の食指を微動だに動かしません。やはり池波さんは小説の本質を描いています。現実の人間以上に人間らしいのは、現実の人間が人間らしさを隠蔽し、自分を固定化された象徴に作り上げようと努力しているからでしょう。
池波さんは、人間らしさを、露骨にも戦国武将、武士などに語らせています。
ぜひ、みなさんも興味があれば池波さんを呼んでみてください。
「真田太平記」
「人斬り反次郎」
「西郷隆盛」
などが代表作、お勧めは「炎の武士」です。
おそらく歴史小説家の中では最も成功に人間の本質を把捉しているでしょう。司馬遼太郎さんという不動の人気を我がものとせんとしている作家もいますが、私個人としては池波派です。
おそらく昭和の歴史小説家は
池波派か司馬派に二分されるでしょうな。
では、
I Love People
こんにちは、星野ジャパンも決勝進出、阪神タイガースも打線の爆発で不甲斐ない連敗を3で止めました。いずれも私が応援する範囲なので、心からうれしく思います。これからも双方の吉報を鶴首して待っています。
さて、最近、すずしくなってまいりましたが、
今日は戦国時代の話でもしましょうかね。
いうまでもなく鎌倉時代の終わりは、駿河、遠江、三河辺りに勢力振るわせていた今川義元を破り(桶狭間の戦い)威光と名声を手に入れ多くの地方を政略していった織田信長によって、一度は擁立された室町幕府第十五代将軍足利義昭が不和の為に1573年、京都から追い出されることによってでした。
そのこと一つからでも多くの学説と小説、映画、選評があることは、織田信長の知名度からでも窺えます。天下統一を果たした信長には徳川軍の力が必要であったことも、歴史上の事実です。
そのことについては歴史小説家の権威、池波正太郎さんの「炎の武士」によく描かれています。私は歴史小説や推理小説、恋愛小説はもともと殆ど読まない性質で(というのもどこか陳腐、偏見かも知れぬが)あるのですが、池波正太郎さん司馬遼太郎さん、井上靖さんの小説は好んで読みます。池波さんの小説で特筆すべき事は、作家が陥りがちな衒学的にならないで、読者が読みやすいような工夫が随所に施されている点でしょう。例えば常用外漢字にはルビが振ってありますし、三島由紀夫、島倉藤村以外もそうですが、非常に難解な単語を極力控えているように思われます。
また、登場人物が非常に型にはまらず、人間らしさを持っています。
例えば、江戸末期に樺太の測量に力を注いだ間宮林蔵を描いた「北海の猟人」では、ここまで賢い人間だったのかと思うと同時に、どこか人間らしい嫉妬が間宮の台詞から読み取れます。小説は人間を描く物、人間の本質を描く手段が小説なのです。そのため理想の人間像を提示するような、もしくは現実の人間の恥部をやや歪曲して美化するようなルネサンス風の小説は、私の食指を微動だに動かしません。やはり池波さんは小説の本質を描いています。現実の人間以上に人間らしいのは、現実の人間が人間らしさを隠蔽し、自分を固定化された象徴に作り上げようと努力しているからでしょう。
池波さんは、人間らしさを、露骨にも戦国武将、武士などに語らせています。
ぜひ、みなさんも興味があれば池波さんを呼んでみてください。
「真田太平記」
「人斬り反次郎」
「西郷隆盛」
などが代表作、お勧めは「炎の武士」です。
おそらく歴史小説家の中では最も成功に人間の本質を把捉しているでしょう。司馬遼太郎さんという不動の人気を我がものとせんとしている作家もいますが、私個人としては池波派です。
おそらく昭和の歴史小説家は
池波派か司馬派に二分されるでしょうな。
では、


